2007-09-20 日曜サスペンス劇場(4) / 逃亡

 これは、遥か昔に起きたできごと。

 山村の夜は暗い。
 漆黒の闇であった。
 その中を子どもが走っていた。
 一目見ただけでは、性別を判ずることはできない、そんな幼い子であった。
 ひと目見て分かる特徴がひとつ。
 白い肌だ。
 色素欠損症であるかのようだ。
 髪は墨を流すように黒い。
 純白の肌とのコントラストが見事だ。
 

 逃げなきゃいけない。逃げなきゃいけない。逃げなきゃいけない。
 逃げなきゃいけない。逃げなきゃいけない。逃げなきゃいけない。
 逃げなきゃいけない。逃げなきゃいけない。逃げなきゃいけない。
 逃げなきゃ……いけない。逃げ……なきゃ、いけない。
 逃げ……るんだ。逃げなきゃ……いけない。
 もう時間なのだろうか?

 
 その子どもは視線を上げた。
 空には、白く細い月が出ている。
 星がくっきりと見える。
 良かった……。
 暁には、まだ時間があると感じ、安堵する。
 それで気持ちが緩んだのか、何かにつまずいた。
 そのまま転ぶ。
「いた!」
 起きあがって膝を見る。すりむいていた。
 深呼吸をする。
 ひんやりとした夜の空気がほてった身体を内側から冷やす。
 深呼吸を二、三回した後、息を止める。
 再び走りだす。
 傷を気にする必要はない。
 
 
 逃げなきゃいけない。
 朝が来る前に、どこか隠れる場所を探さないと。
 太陽はやばいのだから。
 

 その子は、太陽に対して恐怖を感じていた。
 なぜ恐怖を感じるのか?
 吸血鬼だったからだ。
(より正確には、恐怖を感じる対象は紫外線であった。
 だが、そこまで理解するには幼すぎた)
 走っている――あるいは逃亡している――子どもの膝の血は止まっている。
 傷痕すらさえない。
 この回復力も、吸血鬼の能力のひとつだった。
 子どもは闇の中を走っていく。
 

 これは遥か昔の物語……。


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